お話と教訓:樽の中のワイン

昔話
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今回のテーマ:樽の中のワイン

昔話には人生の教訓、生きるためのヒントが散りばめられています。今回は樽の中のワインというお話をご紹介したいと思います。一緒に考えていきましょう。

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学べる教訓

・全員に責任がある時、誰の責任でも無くなる。

お話の内容

ある山奥のユダヤ人の村に、新しいラビ(宗教主導者)が着任することになりました。村人たちは集まり、ラビが着任する日に、祝いの宴を開くことを決めました。また、祝いの酒を用意するために、ユダヤ教会堂の中庭に空の樽を用意し、前日までに村人それぞれが1瓶分のワインを樽の中に注ぎ入れおくことを決めました。

村人たちが入れたため、当日までに樽はいっぱいになりました。そして新任のラビが到着すると村人たちは住まいに案内しました。その後、ユダヤ教会堂に案内して、祈りを捧げました。

この後祝いの席となりました。しかし、どうしたことでしょう、樽から注いだ液体は全く酒の味がしません。それはまるで水のようでした。長老たちは新任のラビの手前、戸惑い、恥じ入りました。あたりには突き刺すような静寂が立ち込めています。

さて、村人たちは確かに樽をいっぱいにしたはずなのに、どうしてでしょうか?

隅にいた貧しい村人が立ち上がってこう言いました。
「皆さんに告発します。実は、みんながワインを注ぎ入れるだろうから、私が1瓶分ぐらい水を入れたって、誰にもわからないだろう。そう思ったんです。」
するとどうでしょう、他の村人も次々に言いました。
「実は俺も同じことを、、、」「わしもです、、」「私もです、、」

とうとう村人全員が同じことをしているのが分かりました。

解説

皆さんいかがだったでしょうか?

このお話はタルムードというユダヤ人の教えの中に含まれる小話で、全員に責任がある時、誰の責任でも無くなってしまう、ということを教えてくれます。

皆で一緒に考えよう、皆で一緒にやっていこう、という言葉は聞こえは良いですが、一歩間違えればこのように全く組織として全く機能しなくなってしまいます。

誰かの手抜きやさぼりがあっても、それを尻ぬぐいする人がいて、リカバリーが効くうちは大丈夫ですが、許容量を超えた時、突然問題が表面化してしまうかもしれません。

このような状態にならないためにも、組織の上の人たちは責任の所在を明確に、組織の下の人達は「自分一人くらい、、、」と考えるのではなく、しっかりと役割を果たすことが大切なのでしょう。

他のお話はこちら

それでは!

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