お話と教訓:堪忍は一つ

昔話
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今回のテーマ:堪忍は一つ

お話には人生の教訓、生きるためのヒントが散りばめられています。今回は、堪忍は一つというお話をご紹介したいと思います。一緒に内容を考えていきましょう。

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学べる教訓

・処理する時は一つずつ

お話の内容

昔、堪忍六助という男がいました。何事にも腹を立てず、堪忍強い男であったので、世間の人は彼のことをほめそやしていました。しかし、六助の近所の若い衆はこれが気に入りません。そこで、六助をへこましてやろう、と相談をしました。

まず、六助が歩いていく後から二人がつけていき、拳固を固めて十ばかり頭をめがけてポカポカと打ち下ろしました。しかし、六助は何事もなかったように平気でいきすぎました。

今度は、五人が走り寄り、五十ばかりの拳を打ち下ろしました。しかし、六助は黙って平気で歩いていきます。

それならばということで、総勢十人が打ちかかって散々に殴りつけました。しかし、六助は起こった様子もなく泰然自若として歩いていきました。

さすがに悪党どももこれには参り、平謝りをしました。
「さてさて、六助殿はいかなる術で書くまで堪忍ができるんじゃ。五つや十ならば堪忍もできようが、幾百と無く続けざまに打たれても、顔色一つ変えないの、人間業とは思えない。この上は、我々の罪を許し、どうか堪忍の仕様を教えてくだされ」

さて、六助は何と答えたでしょうか?

「何も難しいことはありません。頭を五百回叩かれても、堪忍するのはたった一つずつです。」

解説

皆さんいかがだったでしょうか。

堪忍とはこらえてしのぶことです。六助は傍から見ると人間業とは思えない堪忍をすることができます。
悪党たちも最後にはあきらめてしまっていますが、私もいきなり殴られてしまったら、一発でアウトかもしれません。

このお話で大事なところは、六助が最後に話した内容です。
合計では幾百も叩かれていますが、六助にとっては堪忍を一つずつしていき、それが最終的に幾百もあったということです。

これはストレスコントロールのお話です。
自分のところにストレスなどが一度に来てしまうと、許容量を簡単に超えてしまうでしょう。
しかし、一度にストレスが来ても、自分のできることから少しずつ処理することで、最終的に一度に来たストレスの原因がなくなっている、という状況を作り出すことはできるということです。

私は六助のように一回の許容量が高くありませんが、大事なことは自分の処理できるレベルにまで分解することだと思います。

やらなければならない仕事が多いときは、一度に全部しようとすれば何から手を付けて良いかわからずストレスになります。しかし、例えば締め切り順に並べる、今日できることから取り組む、といったように、自分に処理できる範囲にまで分解し、少しずつ取り組むことでいつの間に仕事は終わっているでしょう。

ストレスとはうまく付き合っていきたいと思います。

他のお話はこちら

それでは!

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