お話と教訓:無知の知

昔話
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今回のテーマ:無知の知

昔話には人生の教訓、生きるためのヒントが散りばめられています。今回は無知の知というお話をご紹介したいと思います。一緒に考えていきましょう。

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学べる教訓

・物事のすべてを知ることはできない。

お話の内容

ある時ソクラテス(哲学者)は友人からこう言われました。
「私は神のお告げを聞いた。神は君に勝る知者はいないと言っていた。」

これを聞いたソクラテスは神の真意をはかりかねました。
『神は一体何を言おうとしているのか。何の謎かけをしようとしているのか。私が知者でないことは自分自身が一番良く分かっている。』

そこでソクラテスは多くの人から知者だと言われている人々を訪ねてまわることにしました。そうすれば、どれほど彼らが賢くて、自分に知恵がないかがすぐに判明するだろう、と考えたのです。

さて、この後ソクラテスはどのようなことを悟ったでしょうか?

しかしながら、いざ知者と呼ばれる人たちと話してみると、ソクラテスは彼らが知らないのに知っていると思い込んでいる、ということに気が付きました。人間にとって一番大事なことが何かすら分かっていなかったのです。

これに対して、ソクラテスは知らないという点では同じでも、知らないということを自分で知っている、という自覚の分だけ自分の方が賢いと悟りました。

解説

皆さんいかがだったでしょうか?

このお話はソクラテスの有名は逸話で、多くの人間は自分の無知を自覚できない愚かな存在であり、ソクラテスのように自分の無知を自覚することが人間の賢さである、ということを伝えています。

神様如何のお話は置いておきますが、自分が知っているつもりになっていることは多いと思います。私も学生時代の勉強で、理解したつもりになっていたことが多く、テストのときに間違えたことが何度もあります。今思えばその時に本当に正しいのか、ということをちゃんと確認する作業を行うべきだったと思います。

人は分からないことにストレスを感じるのでしょうか。無意識のうちに問題に関して考えることをやめ、分かったつもりになってストレスを減らそうとするのかもしれませんね。このお話はそういった逃げの姿勢を考えさせられるお話でした。

他のお話はこちら

それでは!

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